地域でのむし歯予防活動

当医院は、佐伯市蒲江畑野浦という人口1400人ほどの地区にあります。この地で歯科医院を開業して今年で21年目になります。開業当時、日本はWHOからむし歯の成績は「通信簿2」の評価を受けていたにも関わらず、何ら公衆衛生的施策を打ち出せませんでした。それに比べ、北欧のむし歯予防先進国などでは「すべての子どもに白い健康な自分の歯を」のスローガンを掲げ、国を挙げて歯科保健に取り組み、その成果があがりつつありました。そうした中、自分が学校歯科医をしている地域の上入津小学校(児童数約80名、以下上小と略す)だけでも北欧のレベルを目指そうと考えたのがむし歯予防に取り組むきっかけでした。

当初、学校でのむし歯予防はなかなか進みませんでした。ところが、1991年、92年に上小が文部省(現文部科学省)のむし歯予防推進校(1997年、歯・口の健康づくり推進校に名称変更)の指定を受けたことにより事態は大きく進展しました。上小には私の子どももいましたので、学校歯科医、PTA役員、保護者という3つの立場で深く研究に関わることになりました。

研究にあたっては世界標準(WHO推奨)のむし歯予防法である「フッ素の活用」を柱に実施したかったのですが、それができない(理由は後述)大分県下の学校現場の中で、次善の策として正しい食生活と規則正しい生活習慣の確立および歯みがきの励行を具体的活動として行いました。2年間、学校、PTA、地域が一体となって取り組んだ結果、むし歯は急速に減少しました。

しかし、小学校卒業後の子どもの経過をみていくと、中学になって生活習慣や食生活の乱れあるいはスポーツ飲料等の習慣的な飲用によりむし歯が多発する傾向がみられたため、小学校での正しい食生活、生活習慣の確立や歯みがきといった健康教育のみによる従来型のむし歯予防法に限界を感じると共に、歯が形成される幼児期から思春期にかけてのフッ素による歯質の強化の必要性を痛感しました。

こうした事態を改善するために、学校でのフッ素の積極的な活用「集団的フッ素洗口」(新潟などむし歯予防先進県で30年以上前から実施されている)が不可欠だとの判断から、学校歯科医として幾度となくフッ素洗口の実施を学校側に粘り強く提案しましたが、厚い壁(日教組がフッ素の学校での活用に反対している。組合の強い大分県では学校での実施は学校長の判断ではできない)に阻まれ実施するには至りませんでした。(この事態は今なお変わっておりません)

そのため、やむなく1995年頃から、むし歯予防の正しい知識の普及を図る先生方との勉強会の実施および小学校でのこれまで通りの歯科保健活動は継続しつつ、当医院に来院する児童に対し家庭でのフッ素洗口を積極的に勧めることを始めました。医院に来院する児童だけではありますが、フッ素洗口の実施により上小のむし歯は毎年確実に減りつづけ、目に見える効果によりフッ素洗口は徐々に保護者の間に定着、今では地区の小学校児童の約7割がフッ素洗口を行うまでになっています。 

むし歯数の推移

上入津小学校全校児童1人当り平均むし歯数の推移

 

学校でのむし歯予防活動を始めて21年が経過した現在、上小の全校児童一人当たり平均むし歯数は6分の1(1991年3.3本→2006年0.57本)にまで減少、12歳児一人平均むし歯数は0.6本(2004年、大分県平均は2.93本、新潟県平均0.99本(2006)、オランダ・オーストラリアなどの国々では、国の平均では1990年代に1をすでにクリアしている)、12歳で永久歯にむし歯のある子どもの割合を3割(2004年、大分県8割強、新潟県4割弱)まで減らすことができました。 

こうした活動で得た貴重な経験をもとに、診療室および地域で積極的にむし歯予防活動を行っています。

むし歯の一本もない状態を カリエスフリーといいます。

日本ではむし歯の成績を競うのにむし歯が何本あるかを比べますが。むし歯予防先進国では、カリエスフリーの子がどのくらいの割合いるかで競っています。12歳児でむし歯のない子が6~7割を占める諸外国と、8割の子にむし歯がある日本では比べる項目にも大きな違いがあるのです。

当医院で定期受診で予防を継続しているカリエスフリーの子どもたちの口の中を、以下にご紹介します。

【12歳男児 定期受診開始:5歳】

上のみあごを広げる矯正治療を2年間行いました。前歯部の噛み合わせが多少甘い状態ですが、これから機能させていけば、 まったく問題はないでしょう。

【12歳女児 定期受診開始:3歳】

上の乳歯が早く抜けたせいで第一大臼歯が前方に移動していました。小学校2年生の時にその歯を後方にさげる矯正治療を行いました。いま中学2年生ですが、定期受診・フッ素洗口を継続中です。

【16歳女児 定期受診開始:6歳】

佐伯市蒲江に住んでいた小学校2~4年生にかけ少し矯正をしました。その後、親の仕事の関係で転勤し現在福岡県に住んでいますが、今なお家族4人で年2回定期受診で当医院まで通ってきています。

【12歳男児 定期受診開始:2歳】

上の女児の4歳下の弟です。お姉ちゃんといっしょに2歳から定期受診、4歳からフッ素洗口を継続してきました。この子は矯正治療をせずにきれいに並びました。

【48歳女性 上の姉弟の母親】

上の姉弟の母親です。自分がむし歯で苦労したということで、10年間休むことなく定期受診を続けています。16歳、12歳の二人のお子さんはどちらもカリエスフリー、努力はみごとに報われています。こうした親子をみると、むし歯は適切な予防をすれば簡単に防ぐことができる、決して遺伝ではないことがお分かりいただけるかと思います。